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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)343号 判決

控訴人 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 雨宮秀雄

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 田辺紀男

主文

一  本件控訴中、共有持分権確認請求に関する控訴部分を棄却する。

二  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

原判決別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地及び同目録(五)記載の建物を競売に付し、その売却代金から執行費用を控除した金額を被控訴人に一〇〇分の八四、控訴人に一〇〇分の一六ずつ分配することを命ずる。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一双方の申立て

1  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

(被控訴人は、昭和五八年(ワ)第二二一号事件の第一次的請求及び第二次的請求を取り下げ、控訴人は、右取下げに同意し、昭和五九年(ワ)第二四三号事件は、和解により終了した。)

第二双方の主張

一  請求原因

1  原判決別紙物件(一)ないし(四)記載の土地(以下、本件土地という。)及び同(五)記載の建物(以下、本件建物という。)は、もと訴外ティーケーハウジング株式会社(以下、訴外会社という。)が所有していた。

2  被控訴人及び控訴人は、昭和五六年五月三〇日(準備手続要約書の「昭和五六年七月二五日」は誤記である。)、訴外会社から本件土地・建物を代金二五四〇万円で買い受けた。なお、本件土地の価格が一五三八万円、本件建物の価格が一〇〇二万円であった。

3  右代金のうち、被控訴人が二一四〇万円を、控訴人が四〇〇万円をそれぞれ拠出したので、本件土地・建物は、いずれも被控訴人の持分が一〇〇分の八四、控訴人の持分が一〇〇分の一六ずつの共有となった。

4  被控訴人は、控訴人に対し本件土地・建物の分割の協議を求めたが、控訴人は、現在の共有関係を争って協議に応じないし、本件土地・建物の現物分割は不能である。

5  よって、被控訴人は、控訴人に対し本件土地・建物につき各共有持分の確認を求めるとともに、本件土地・建物競売に付してその売却金を分割することを求める。

二  請求原因に対する答弁

請求原因事実1ないし4を認め、5を争う。

三  抗弁

1  被控訴人は、昭和五六年五月三〇日の本件土地・建物売買契約締結の際、控訴人に対し本件建物について被控訴人の所有持分一〇〇分の八四を贈与したから、本件建物は、控訴人単独の所有である。

2  右贈与に基づき、昭和五六年八月四日、本件建物につき、控訴人名義に所有権保存登記が経由された。

3  本件贈与の経緯

(1) 被控訴人夫婦には男二人、女三人の子供があり、横浜市鶴見区に土地・建物を所有して居住し、控訴人は、被控訴人夫婦の三女・秋子の夫で、足柄郡開成町の会社に勤め、小田原市内にある控訴人の父所有の建物を借りて住んでいた。

(2) 被控訴人夫婦の長男夫婦は、被控訴人夫婦と生活を共にしたことはなく、被控訴人夫婦は、次男(戸籍上は三男の三郎。二男は死亡)夫婦を被控訴人夫婦の家に入れて同居したが三ヶ月程で破綻した。

被控訴人は、昭和五六年三月ころ、控訴人夫婦に対し是非生活を共にしたいと申し出た(控訴人夫婦は、三郎よりも先に同様の申出を受けたが、断っていた。)。これに対し、控訴人夫婦は、被控訴人に対し、「居住場所を小田原市内とする。被控訴人夫婦の財産を控訴人側の所有とする。」などの条件に同意するならば同居する旨回答し、被控訴人もこれに同意した。

(3) 昭和五六年五月初め、被控訴人夫婦が控訴人夫婦と小田原市内で生活を共にすることに関し、被控訴人夫婦の子供らが集まって、親族会議を開き、被控訴人は、秋子を除く他の子供らが被控訴人の財産について遺留分を放棄することを条件に控訴人夫婦と同居すると述べて、遺留分放棄申述書に各自署名させ、控訴人も、この放棄が全員確定しない限りは被控訴人夫婦との共同生活はしたくない意向を表明し、右申述書は直ちに家庭裁判所に提出されたが、一部の者の反対または家庭裁判所の審問への不出頭から、控訴人の提示した条件が充たされなかった。

(4) しかし、被控訴人は、控訴人に対し、どうしても控訴人と共に小田原市内に住みたいので住居の購入を早急に進めて欲しいと要請し、自己の居住する横浜の土地建物を売却する手続に着手した。そして、被控訴人夫婦及び控訴人夫婦は、種々検討の上、全員の意思の合致により、本件土地・建物を購入することに決めた。

(5) 本件土地・建物の売買代金が被控訴人所有の横浜の土地建物の売却代金を超過することから、うち四〇〇万円は、本件土地・建物を担保とする控訴人の借入金によって支払い、その余は被控訴人の右売却代金から出捐することとした。

(6) 控訴人は、昭和五六年五月三〇日、本件売買契約締結に際し、被控訴人に対し前記遺留分放棄申述の不成立及び当初の条件不成就を指摘して、本件土地・建物全部を控訴人の所有にしたいと主張したところ、贈与税の問題が生じ、そこで、少なくとも本件建物だけでも自己の所有物にしたいと求めたところ、被控訴人もこれに快く応じ、被控訴人は、控訴人に対し本件建物についてその所有持分を贈与したのである。

そうだからこそ、被控訴人は、昭和五六年八月四日本件土地・建物の登記の際にも、司法書士事務所に同道し、関係書類の内容を熟知の上これに署名捺印した。被控訴人が右事務所を出た後、控訴人と別れて直ちに帰宅したのは、右手続書類のうち控訴人の姓が「乙山」であるのに「丙山」と誤記されていたことから、控訴人が、これを訂正するための証明書をもらいに市役所へ行ったからに他ならない。

財形ローンによる融資を受ける条件として、土地又は建物のいずれか一方が借入者の名義であることが必要であったが、控訴人は、被控訴人に対し右財形ローンが話題になる以前の昭和五六年三月ころから本件土地建物双方の贈与を提案し、被控訴人も同意していたところ、前記事情から本件建物だけの贈与となったのである。

なお本件土地については、前同日、被控訴人に所有権移転登記が経由された(中間省略)が、被控訴人は、控訴人に対し本件土地を死因贈与する旨約していた。

(7) 控訴人夫婦と被控訴人夫婦は、昭和五六年八月八日の同居後数日で折合いが悪くなった。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1を否認する。

2  同2のうち、本件建物につき控訴人名義の保存登記が経由されていることを認め、その余を否認する。

本件建物について控訴人名義の保存登記がなされたのは、被控訴人が司法書士の事務所を中座した際、ローン借入を理由に控訴人が勝手になしたものである。

しからずとするも、控訴人が本件土地・建物の代金不足分を財形ローンにより借り入れるに当たり本件土地・建物の一つが控訴人名義になることが絶対条件であったため、被控訴人は、便宜本件建物の名義を控訴人とすることを黙認したのであって、贈与したものではない。

財形貯蓄をして住宅ローンを利用する場合、購入する建物又は土地が本人名義であること、もしくは共有名義の場合は共有持分を有することが絶対条件で、かつ、いづれが本人の名義であるかを問わず、土地・建物ともに担保に入れることが必要であった。

3  本件贈与の経緯の主張に対する反論

(1) 被控訴人と控訴人とは、本件土地・建物の所有名義を被控訴人とすることに合意していた。

(2) 被控訴人は、昭和五六年八月四日、控訴人とともに右登記をするつもりで司法書士事務所に赴き、登記手続書類作成中、立会いの不動産屋から、今日引っ越しをするから新しい鍵を持って控訴人の旧借家に行ってもらいたいと頼まれ、登記手続の途中で中座させられ、不動産屋の運転する車で控訴人の妻秋子のもとへ向かい、引越しを手伝った。被控訴人は、本件土地・建物が被控訴人名義になったものと信じて横浜市鶴見区の旧自宅へ帰り、同年八月八日、本件建物へ引越したが、その直後から、被控訴人夫婦と控訴人夫婦との折合いが悪くなり、同月一〇日、控訴人の妻の運転する車の助手席に乗っていて電柱に激突する事故に遭い、同年八月末の退院後に、本件建物が控訴人名義になっていることを初めて知った。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求原因事実1ないし4は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁事実2のうち、本件建物につき控訴人名義の保存登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。

2  前記当事者間に争いのない請求原因事実を含む各事実に《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、特にこれに反する証拠はない。

(1)  被控訴人夫婦は、二男三女を成人させ、退職後、横浜市に土地・建物を所有して細々と年金生活を送っていたが、老後の不安から子供と同居することを強く望み、次男夫婦との同居が短期間で破綻する等の紆余曲折を経て、昭和五六年三月ころ、小田原市に住む三女・秋子とその夫である控訴人一家と同居することになり、勤めの関係で小田原市内に住むという控訴人夫婦の要求を容れて、横浜市の右土地・建物を売却してその代金により同居のための土地・建物を小田原市内に購入することになった。

(2)  控訴人夫婦は、被控訴人夫婦と同居しその面倒を見るからには、被控訴人の財産を相続すること、したがって、将来被控訴人の相続問題で紛糾しないために被控訴人夫婦の他の子供達全員が家庭裁判所に対し遺留分放棄の申述をして、その許可を受けることを要求し、関係者全員が一応は納得したが、正式に家庭裁判所の許可申請手続がなされた際には、一部のものが審問期日に欠席したり、意を飜したために控訴人の要求は実現しなかった。

(3)  とかくする間、土地・建物の買い替えの話は進行し、被控訴人は、自己所有土地建物を売却し、その費用等を差し引いた二二六〇万円を取得した。

そして、控訴人と被控訴人は、昭和五六年五月三〇日、共同買受人となって本件土地・建物を訴外会社から代金二五四〇万円(本件土地が一五三八万円、本件建物が一〇〇二万円)で買い受け、被控訴人が右代金のうち二一四〇万円を拠出し、残四〇〇万円については、控訴人が同年七月二五日、訴外日本信託銀行株式会社から住宅ローン(財形融資)により借り入れて拠出した。このように、本件売買代金の資金は、当初から被控訴人の前記売買代金を主たるものとし、不足する分については控訴人が財形融資により調達するほかなく、財形融資を受けるためには土地又は建物が借受人の名義であることが必要であるとされていた。また、控訴人が財形融資を受けることは、本件売買契約の内容にも盛り込まれていた。

かくして、控訴人と被控訴人は、控訴人が訴外日本信託銀行株式会社から四〇〇万円を借り受けた昭和五六年七月二五日、同訴外会社との間で本件土地・建物につき抵当権設定契約を締結し(該契約書は提出されていないが、後述の登記に照らし、この段階で本件建物を控訴人名義とし、本件土地を被控訴人名義とすることとして、それぞれ各所有物件について抵当権設定契約を締結したものと推認できる。)、同年八月四日、本件建物につき控訴人名義の所有権保存登記が、本件土地につき被控訴人への所有権移転登記(登記原因は、同年七月二五日付売買とされた。)が、さらに本件土地・建物全部につき債権者を前記訴外会社、債務者を乙山春夫、債権額を四〇〇万円とする同年七月二五日付抵当権設定契約に基づく抵当権設定登記がそれぞれ経由された。

(4)  控訴人夫婦と被控訴人夫婦は、本件土地・建物に転居して同居した同年八月上旬直後から折合いが悪くなり、現在、全く融和の余地がない。

3  そこで、被控訴人が昭和五六年五月三〇日の本件土地・建物売買契約締結の際、控訴人に対し本件建物の共有持分一〇〇分の八四を贈与したか否かについて検討する。

前記当事者間に争いのない請求原因事実及び各認定事実によれば、被控訴人は、妻と共に控訴人夫婦と同居して控訴人夫婦に老後の面倒を見てもらうからには、自己所有の財産(本件土地・建物の共有持分)を控訴人に贈与し、あるいは秋子に単独相続させてもよいと考えていたことは窺えるけれども、控訴人が被控訴人から死因贈与を受ける約束があると主張している本件土地についてと同様に、あくまでも、今後、控訴人夫婦と同居を続けて余生を過ごし現に老後の面倒を見てもらった場合のことであって、本件建物についても、被控訴人が本件売買契約の時点で、直ちに、控訴人に対し本件建物の共有持分を贈与してしまうまでの意思を有していたものとは認めることができない。

前記遺留分放棄の手続も、いずれ適当な時期が到来して遺言をするなり、相続が開始する時に備えておこうとしたものというべきである。

なるほど、被控訴人が本件土地・建物の売買代金の大半を出捐したのに控訴人が出捐した四〇〇万円の倍以上の価額である本件建物が控訴人名義に保存登記されてはいるけれども、本件土地については控訴人と被控訴人との共有名義(共有であることは争いがない。)にすることなく逆に被控訴人の単独所有名義に所有権移転登記されていることに照らし、登記名義が実質の所有関係を現しているものとは認められず、前記被控訴人の意思や四〇〇万円の財形融資の経緯に鑑み、本件建物の控訴人名義の保存登記は、被控訴人が控訴人に対し本件建物の共有持分を贈与したからではなく、控訴人も本件土地・建物の買受代金の一部を出捐していることや、いずれ将来贈与等がなされることをも考慮しつつ、控訴人が財形融資を受ける便宜のためになされたものと認めるのが相当である。

《証拠判断省略》

三  してみれば、控訴人と被控訴人間において、本件土地・建物がいずれも被控訴人の持分一〇〇分の八四、控訴人の持分一〇〇分の一六ずつの共有であることを確認し、本件土地・建物を競売に付し、その売却代金から執行費用を控除した金額を右共有持分の割合で分配すべきことを命ずべきところ、右と同旨の共有持分確認請求部分及び本件土地・建物を競売に付し、その売却代金から執行費用を控除した残額を右持分の割合で分配すべきことを命じた原判決部分は相当である(なお、民法第二五八条の規定による換価のための競売については、民事執行法第一九五条により担保権の実行としての競売の例によるものとされているが、目的物件に設定されている抵当権が売却により消滅するものとすべきか否かは、本来、当該競売裁判所が同法の規定に基づき決定すべきものと解されるから、右抵当権の消滅を前提としたその余の部分は不相当であって取消しを免れず、その限り(原判決が認容できないこと)において本件控訴は一部理由がある。)

よって、本件控訴中、共有持分権確認請求に関する部分は理由がないから、これを棄却し、共有物分割請求に関する原判決主文二項は前記の趣旨でこれを変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉野衛 裁判官 時岡泰 山﨑健二)

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